<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rdf:RDF 
  xmlns="http://purl.org/rss/1.0/"
  xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#"
  xml:lang="ja">
 <channel rdf:about="http://www.yokomine-yoshiro.com/works/news.xml">
  <title>よこみね良郎公式WEBサイト</title>
  <link>http://www.yokomine-yoshiro.com/</link>
  <description>参議院議員 よこみね良郎の公式ウェブサイトです。 </description>
  <items>
   <rdf:Seq>
    <rdf:li rdf:resource="http://www.yokomine-yoshiro.com/works/index.cgi?cmd=v&amp;id=1246515067"/>
    <rdf:li rdf:resource="http://www.yokomine-yoshiro.com/works/index.cgi?cmd=v&amp;id=1245978596"/>
    <rdf:li rdf:resource="http://www.yokomine-yoshiro.com/works/index.cgi?cmd=v&amp;id=1245123428"/>
    <rdf:li rdf:resource="http://www.yokomine-yoshiro.com/works/index.cgi?cmd=v&amp;id=1243992448"/>
    <rdf:li rdf:resource="http://www.yokomine-yoshiro.com/works/index.cgi?cmd=v&amp;id=1243566228"/>

   </rdf:Seq>
  </items>
 </channel>

 <item rdf:about="http://www.yokomine-yoshiro.com/works/index.cgi?cmd=v&amp;id=1246515067">
  <title>2009年7月2日　石の上にも三年</title>
  <link>http://www.yokomine-yoshiro.com/works/index.cgi?cmd=v&amp;id=1246515067</link>
  <description>「どんなに苦しくて大変でも、じっと我慢すれば必ず報われる」石の上にも三年の意味である。注釈として「冷たい石も三年座り続ければ、暖かくなると意味から語源由来になっている。何も三年も座らなくてもと思うが、基本的に三年という数字に含まれる意味合いとして、長いと言う意味が含まれる」とある。そこで次に挙げる数字なのだが、９１３１億６２０万円宮崎県の借金時計の額である。県民一人あたりの額は８０万３００円にもなる。保守王国宮崎で土建屋とズブズブの自民党との癒着と談合体質が、現職知事逮捕という事態を招き、保守陣営の混乱が知事選挙を複雑にし、その間隙を縫って当選したのが東国原氏だった筈だ。総務省統計局の都道府県別資料によると、宮崎県の一世帯あたりの月間所得は４３．２９万円で四十七都道府県の４３位であり、人口十万人当たりの自殺者数は第６位とある。県の財政再建、県民所得の向上、医療福祉の充実などを実現してもらうには、しがらみのない人を知事にというのが県民の選択であり、宮崎のイメージチェンジも託せるに最適な人物として２６６８０７名の県民が東国原氏に投票したのである。「宮崎をどげんかせんといかん」をフレーズに八面六臂の活躍でテレビに出まくり、県産品の宣伝に貢献したのは誰しもが認めるところだろう。知事の権限とは絶大である。議会の解散、条例案の拒否権、予算の調製と執行、人事権、地方税の賦課、専決処分権限、更に開発計画の許認可や各種免許、営業認可など大統領並みの権限を有する。複数の宮崎県議会議員によると議会における最近の知事の様子は「心ここにあらず」だという。本気で知事の座を放り投げ、自民党の「人寄せパンダ」として華麗なる転出を考えているのだろうか。私は東国原知事にシンパシーを感じていた。何度も面識があるし、県民の八割もが支持し、知事として宮崎の再建に頑張っていると感じていたからだ。それに加え私も宮崎に自宅を構え、隣接した土地に娘達の練習場まで作り、活動の拠点としているという理由もある。期待が大きかった分、知事の変節には憤りを感じる。「宮崎を踏み台にするな」と言いたい。私は伊吹文明氏のように、過去の事案をほじくり返すやり方は大嫌いだし、第一人のことを言える立場でも無い。しかし、県民の八割が反対する中で、知事の職を放り投げることには断固として反対したい。宮崎の大統領として任期を全うし、後継を育て、宮崎での実績を具体的な形で証明し、それを基に国政に転じれば県民も後押ししてくれる筈だ。メディアの怖さを知り尽くしている東国原知事が、今後の展開次第で、思いっきりハシゴを外される可能性を予見できないとは思えないのだ。既にバッシングは始まっている。何かとタレント出身者は色めがねで見られがちだ。だからこそ、宮崎の名物知事として頑張って欲しいと願う。途中で職場放棄をするようでは、安倍総理、福田総理の生き様そのまんまではないか。知事の再考を期待したい。（了）</description>
 </item>


 <item rdf:about="http://www.yokomine-yoshiro.com/works/index.cgi?cmd=v&amp;id=1245978596">
  <title>2009年6月26日　松本サリン事件から１５年</title>
  <link>http://www.yokomine-yoshiro.com/works/index.cgi?cmd=v&amp;id=1245978596</link>
  <description>１９９４年６月２７日長野県松本市北深志の閑静な住宅街でそれは起こった。「松本サリン事件」である。死者８名重軽傷者６６０名という凶悪犯罪は、一般市民に初めて化学兵器を使用したカルト教団「オウム真理教」による「毒物使用大量殺人事件」であった。この悲惨な事件も、明日で１５年を迎える。今朝のワイドショーでは、事件から１５年が経過したとして特番を放送するという。「犯人と呼ばれて〜家族を守り抜いた１５年」というタイトルで、事件発生当初から犯人扱いをされた河野義行さんとその家族をドラマ仕立てで放送するらしい。私はどんな名優が演じようとも、塗炭の苦しみを味わされた河野さんには到底なりきれないし、単なるお涙頂戴のドラマであれば、質の低下が著しいテレビドラマの数々に新たなタイトルが一つ加わるだけだと思う。百歩譲って素晴らしい作品に仕上がっていたとしても、当時の無責任極まりない報道の実態を冒頭で紹介し、メディア側の反省と謝罪があって然るべきだと思う。もしも垂れ流した誤報をドラマの制作によって相殺できると考えているのだとしたら、勘違いも甚だしいと思うし、インタビューで河野さんが言った「警察もマスコミもダメージを受けている、だから恨んだり憎んだりしていない」という言葉に甘えていると捉えられても仕方が無いと思うのだ。テレビ局の廊下には「何々番組視聴率ウンパーセント獲得」とバーゲンセールのように賑やかに貼り出してある。日航機の墜落事故の際にも「瞬間最高視聴率達成」と誇らしげに貼ってあったと、それを目撃した知人から聞いたことがある。事故の悲惨さとか、原因究明よりも、視聴率至上主義がテレビとそれに携わる人々を狂わせているのだろう。報道に名を借りた商業メディアの本質がここに在る。この事件でも当時の報道は河野さんを容疑者というより、真犯人のように報じていた。「週刊新潮」に至っては被害者である河野さんを「毒ガス男」「毒ガス事件発生源の怪奇家系図」という表現で河野さんを真犯人と決めつけた記事を掲載していたし、長野県警も、第１通報者であり、事件解決に協力しようとしていた河野さんに対し「河野に年越しそばを食わせるな」を合い言葉に、真犯人に仕立てようとしていたのである。俗に言う「サツ廻り」と呼ばれる警察担当の記者は、長野県警の一方的なリークを疑いもせず、検証もせず無尽蔵に垂れ流し、新聞もテレビも雑誌もこぞって「河野犯人説」に相乗りしたではないか。犯行がオウム真理教によるものと判明し、報道はこぞって訂正記事や謝罪広告を掲載したが、容疑者扱いの時はセンセーショナルに一面で報じ、謝罪と訂正文は虫眼鏡で見ないと解らない程小さく掲載する、これが何時もの常套手段だ。報道は第４の権力と言われるが、それを直接行使する現場の人間にどれだけの自覚があるのかと疑問に思う。自分達は安全な場所に身を置いて裏付けのない情報を垂れ流しているだけではないのか。報道という名の「権力」は決して「報道の自由」を担保として勝手に行使していいものでは無い筈だ。社会の悪を追求し、広く国民に周知し、犯罪の再発防止に貢献するのも報道ならば、平気で人を傷つけ、社会から抹殺してしまう危険性を併せ持つのも報道であることを認識して欲しい。だから権力の行使には十分過ぎるほどの配慮と、慎重さを求めたい。冤罪の一歩手前まで追い込まれた河野さんは「こちらは裁判の諸費用を工面するのが大変なのに、メディアの側は、裁判に負けても賠償金なんて痛くも痒くも無い。メディアは、個人が闘うには巨大すぎる相手です」そして「警察は疑いをかけて犯人を捜すのが商売だが、マスコミはそれを冷静に客観的に見つめるのが仕事だろう。マスコミは終始、警察と一緒になって犯人捜しをしていたように思う。マスコミは他者を批判することには長けているけれども、自分達の過ちは容易に認めようとしない。訂正、謝罪ができるまでに１年かかったことは、その意味で残念でならない」とも述べているのだ。今朝のインタビューでは、加害者であるオウム真理教の元信者である藤永氏と温泉に行ったり酒を酌み交わす様子について聞かれた河野さんは「あなた方とも話しているでしょう」と答えた。河野さんにとってマスコミも加害者も同じという考えなのだろう。なぜそこまで達観できるのか、悟りににも似た境地になれるのか、その答えは次の言葉に集約されていた「私は、自分の人生をつまらなくしたくないから」と。「誰も恨まないし、憎んでもいない」と穏やかに話す河野さん。その河野さんに対し、当時の警察担当者やメディアからの直接的な謝罪は未だなされていないという。我々もいつ第２の河野さんになるかも知れない。今度の足利事件然りだ。どこかの文献に書いてあったが「新聞と警察と銀行は信用するな」と。それは責任が自身に及ぶ前に、彼らは何処かに移動してしまうからであり、責任の所在を有耶無耶にするシステムが出来上がっているという意味なのであろう。信用していけないのは、この分野ばかりじゃないと私は思うのだが。（了）</description>
 </item>


 <item rdf:about="http://www.yokomine-yoshiro.com/works/index.cgi?cmd=v&amp;id=1245123428">
  <title>2009年6月16日　「世襲についての一考察」</title>
  <link>http://www.yokomine-yoshiro.com/works/index.cgi?cmd=v&amp;id=1245123428</link>
  <description>世襲とは「親の地位・職業・財産などを子孫が代々受け継いでいくこと」と辞書にある。物作りに長けた文化を育んできた日本という国は、「世襲」という文化が定着していると私は思う。所謂「職人気質」という良い意味で捉えればの話だが。自分の周りの人間関係を見渡してみても、親が医者だから医者になった者、親が教師だったから教師になった者、家業を継いで経営者の道を選んだ者と「世襲」だらけだ。伝統工芸や茶道、華道、歌舞伎などもそうだ。頂点は天皇陛下の存在である。穏やかな笑みで国民と向かい合う昭和天皇のお姿に癒されるのは、私だけではない。皇族ご一家の安寧が国家の安寧であり、皇室の世襲に異論を唱える者は居ないであろう。ではなぜ政治家の世襲について議論が噴出しているのだろうか。それはいみじくも自民党小坂憲次衆議院議院運営委員長の「私は世襲の権化みたいなもの。世襲に害があるなら我々も害があるということだ」という言葉に答えが集約されている。まさにその通りだ。政治という分野に限って言えば世襲は「害」そのものだ。「地盤」選挙区「看板」知名度「カバン」政治資金。この三バンを受け継ぎ、いきなり「先生」と呼ばれたら馬鹿になるのは当たり前だ。「先生と呼ばれる程の馬鹿になり」を実践しているのは永田町を跋扈している１８０名の世襲議員なのだ。政治家を志した者は、まず選挙区を決め、後援者を集い、カンパを求め、どぶ板選挙を展開し、自分の顔と名前を売り込まなくてはならない。それに引き替え世襲議員は親の地盤で親の名前で親の政治資金で当選してくる。これを「罪」と言わず何と表現するのか。先代の築いた匠の技を継承した「職人気質の世襲」は喝采を浴びて当然だが、先代を超える大物になった議員を未だ見たことが無い。純粋培養の無責任体質を露呈し「後はよきにはからえ」とばかりに職場放棄をするボンボンが後を絶たないではないか。与野党を問わず「世襲」は即刻規制すべきだ。「職業選択の自由」は当然ある。でもそれは親の地盤と無関係なところで自力で這い上がることだ。正確に言えば「世襲制限」では無く「選挙区制限」で良いと思う。それは親の地盤を継承することにより「しがらみ」も同時に継承するからだ。しがらみの無い政治家を国民は待望している。９月１０日の衆議院議員任期満了までに必ず総選挙が行われる。立候補を辞退するか、お国替えを選択するか、世襲議員には厳しい目が向けられていることを知るべきだ。吉田茂を祖父に頂く「あの方」を見れば「罪」という意味が簡単に理解できると思うのだが。（了）</description>
 </item>


 <item rdf:about="http://www.yokomine-yoshiro.com/works/index.cgi?cmd=v&amp;id=1243992448">
  <title>2009年6月3日　朝鮮総連からのＦＡＸ</title>
  <link>http://www.yokomine-yoshiro.com/works/index.cgi?cmd=v&amp;id=1243992448</link>
  <description>「国会議員の皆様へ」と題し朝鮮総連からＦＡＸが届いた。衆参の全国会議員に宛てて送信したらしい。北朝鮮外務省のスポークスマンからの談話を紹介したものだが、駄文を一方的に送信された側からすれば、迷惑千万な話である。余りに内容が拙いので一部を抜粋して紹介する。「国連安保理が一つの主権国家の平和的な宇宙開発の権利を乱暴に踏みにじるような前代未聞の罪を犯しても反省するどころか、自分達の罪を隠蔽しようと先に声を上げている状況にあって、我々は予測し得ない今後の事態の展開に対する責任をはっきりさせる為に、この時点で今の対決の境目を明確にしておくものである」とし「世界はやがて、わが軍隊と人民が国連安保理の強権と専横に対して、どのように最後まで立ち向かい、自らの尊厳と自主権を守るかを目の当たりにすることになるであろう。米国は口を開けばニンジンとムチについて語るのを好むが、ニンジンは民主党のロバにでも食べさせればいい」と結んでいる。相変わらずのハッタリと自己満足の恫喝論調だが、私が指摘したいのは、朝鮮総連のこうした行為である。国交の無い北朝鮮と日本において、朝鮮総連は大使館の役割に該当する。母国北朝鮮を世界がどう見ていているのかを正確に伝え、軽挙妄動を諫めるのが役割である筈だ。母国からの駄文を何の注釈も加えること無く垂れ流すのであれば、総連本部を解散し母国へ帰国したらどうかと勧める。あなた方の母国は地上の楽園とされ、大変素晴らしい国家を築かれている筈だ。何も日本に留まり、わざわざ母国に送金するより、母国で働かれた方が余程効率が良いと思われるので提案させて頂く。私は幼児教育に永らく携わってきた。だから幼い子供が飢えや貧困に苦しんでいる姿は見るに堪えない。情報を遮断し、人民を洗脳しても破滅への階段から降りることが出来ないことを、そろそろ素直に認めたら如何だろうか。世界は北朝鮮の自滅や崩壊を願っているのでは決して無い。胸襟を開き、民主主義国家として平和な国家を築いて欲しいと願っているのだ。その為なら人道的支援は世界中から集まるであろう。軍人に与える食糧があるなら、それを子供達に分け与えよ。北朝鮮の未来を担うのは子供達の筈だ。独裁国家が永く繁栄したとという話を、私は未だ聞いたことが無いのだが。（了）</description>
 </item>


 <item rdf:about="http://www.yokomine-yoshiro.com/works/index.cgi?cmd=v&amp;id=1243566228">
  <title>2009年5月29日　会期延長</title>
  <link>http://www.yokomine-yoshiro.com/works/index.cgi?cmd=v&amp;id=1243566228</link>
  <description>政府与党は、補正予算の成立を受け、関連法案の質疑に時間を要するとし、会期の大幅延長を来週冒頭に提案するらしい。解散総選挙を先延ばしにする為の苦肉の策だが、会期の延長により、衆議院で１日１．７９億円、参議院で１日１．１５億円の経費が掛かることは余り知られていない。両院で１日約３億円だ。６０日延長すれば、約１８０億円が消える計算となる。未曾有の不況の中、各企業はコストの削減や人件費のカットなど、涙ぐましい努力をしている。それに引き替え自公政権は、与党延命策のためなら、血税を垂れ流し続けることなど屁とも思わないのだ。そろそろ自公政権を（時効）にしなくては。（怒）</description>
 </item>


</rdf:RDF>
