よこみね良郎(本名:横峯良郎)
1960年(昭和35年)3月15日生まれ 47歳 / ねずみ年 A型 うお座 鹿児島県出身
子どもの頃から家の手伝いをさせられていました。 学校から帰ると、まき割り、風呂焚き、家畜の世話。 ガキ大将でしたね。家が貧しかったので、中学時代から アルバイトをしていました。電柱堀りや木材運び。 何でもやりましたよ。 中2のときに父が他界し、「働こう」と思ったのですが、 母親が「高校くらいは出ろ」と強く言うので、 串良商業高校に行きました。
最初の就職は、学校の推薦で大阪のスーパー。 鮮魚売り場担当で、面白くなかった。 学校なんて「いい加減なものだ」と思いました。 その後、20歳で結婚し、鹿児島に戻り、兄の保育園を手伝いました。 「子どもはみんな天才なんだ」と実感した数年間でした。 それから保険の営業、肉体労働など職を転々。 大手弁当屋チェーン店の店長になったのが28歳。 「これだ」と思って、自分で「ホットランチ亭」という弁当屋を 開業したんです。これが当たって、10店舗まで拡大できました。
長女が生まれたのは22歳、次女は23歳。 三女のさくらは25歳のときの子どもです。 3人ともプロゴルファーにしようと思って育てました。 でも、弁当屋の家計で3人の練習代を出すのは正直きつかった。そこで、33歳のときに自前でゴルフ練習所を作ったんです。私がブルドーザーで山を崩し、子供たちにも手伝わせました。 ウチはいつも家族が一体です。その頃、居酒屋も始めました。
ジュニアのタイトルを総ナメにしたさくらが、プロアマの試合に 出るようになったのは高校3年生の頃。交通費や宿泊代を浮かせる ためにマイクロバスをキャンピングカーに改造して、二人三脚で 転戦しました。2人で大きな夢を追いかける旅でした。 さくらのプロテスト合格は2004年で私が44歳のとき。 長女は2003年にプロゴルファーになりました。 さくらの初優勝は2005年の「ライフカードレディス」。 あの喜びは忘れられません。
さくらが有名になってから、私にも子育ての講演依頼が来るようになりました。最近はタレント業のほか、さくらゴルフアカデミーという施設を作って、ゴルフを通じた青少年育成に力を注いでいます。 内閣総理大臣認可の社団法人日本青少年育成協会の アドバイザーもやらせていただき、不登校の子どもたちのための施設作りなどにも協力しています。